御由緒

高麗山に鎮座する神社の創建は六世紀以前とされ、神功皇后が三韓を討った後に、竹内宿禰の奏請により、高句麗の神霊「高麗大神和光・神皇産霊神(高麗権現)」を山上に移し天下の長き安寧を祈願されたのが創始と伝えられています。

後に高麗寺が創建されて別当寺となるなど、高麗寺・高麗権現と称して神仏習合の聖地となり各時代にわたり時の幕府や民衆から深く信仰、崇敬された所であります。明治になると新政府の神仏分離政策により高麗寺は廃寺となり、高麗権現社は高麗神社となりました。さらに明治三十年には高来神社と改称され今日に至っています。

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社史

御祭神

  • 神皇産霊神かみむすびのかみ
  • 神功皇后
  • 応神天皇
  • 瓊瓊杵尊

社宝

  • 牛王宝印刻板(献上定禅坊、建長七年(一二五五))
  • 木造神像群、男神・女神・僧形立像、計七躯(弘安年代)。他四部
  • 天海僧正高麗寺十三条の掟書

境内神社

神輿殿

竜神宮

御供水(龍神)

平嘉久社

新編相模によると「祭る所庚申なり、是を地主神と云、高良明神疱瘡神等を相殿とす」とある。

杉本稲荷大明神

下宮

摂祭神は豊受姫大神。

忠魂碑